なにげない毎日はきっとカラフル

わたしのままのわたしを体験する、小さな日常。楽しい嬉しい好きを集めてみる。

置き去りになっていたモノや習慣

年末に、

断捨離大会を徹底してしようと計画していて


捨て活を少しずつ今から始めている。

一度にたくさんゴミを出すのも大変だし。

ゴミ収集の迷惑にならないようにも。


1日一つみたいなゆるい感じだけど

まとまった時間が取れないので、

少しずつ始めている。

 

 

捨て活に目が向いていると、

また一つ、また一つと、

あれ?これ、必要かなぁ?

と、目に入るようになってくるから

なんだか不思議だ。


それまで、当たり前にそこにあって、

目に入っていたはずなのに。


ときおり、

これは不要な気はするが、

たまに使うんだよな

みたいなモノとかも

他で代用できると、

頻度の少ないもののためにそれを持つべきか

と考え始めたら

生活サイクルや習慣みたいなものの

見直しにまで発展しそうな

そんな勢いで、色々見直したくなる。


例えば、ゴミ箱の数を減らすとか

そういう根本的なこととか。

あまり飲まない方なのにワイングラスとか。


本当の自分の適量だとか、

快適な配置とか

どこに価値を置いて、何を採用するのかとか。


そこに置いた時は

その時のベストだったのかもしれないが

好みとかが変わってくると、

選び方も変わることもあるだろう。


心や生活のリズムが変化しても

部屋のものの位置などは変えてなくて

置き去りになっていく

モノや習慣があるのだろう。

 

そういう

些細なことを見逃さないためには、

ある程度

心や、物理的スペースに余裕がないと

気づきにくいのかもしれない。

 


生活がこんなにも行き届いていなかったのか

と少し驚いたりしながら。


友達がうちに来ると

すっきりしている部屋と言われたりして

決して汚部屋とかではないはずなのだが。

 

 

手放すべき?ものから順番に

なんだか気になり始めて見直して、

みたいな感じですすんでいる。


あぁ、こんなものまで手放しちゃうのか、

なんて不思議に思いながらも

わたしにしては、

手放すには勇気がいるような

手放すと思っていなかったものを、

少しずつ手放せている。

見直したら、

気持ちの期限が切れていたのだろう。

 

無意識というか

潜在意識というかが、

答えでも知ってるのかなー

なんの答えかわからないけど。

なんて思う。

 

捨て活をすすめていくと

少しずつすっきりした気持ちもするが


だけど、

こんなちまちま、一つずつ捨てていて、

果たして年末の作業が

『わー!すごい!

断捨離あっという間に終わった!

11月からやってきたおかげで楽だったー!』

と思うだろうか。

そう思えるくらい

手放しが進んでいたらいいのだが。


現状、その光景は程遠い気がしている。