なにげない毎日はきっとカラフル

わたしのままのわたしを体験する、小さな日常。楽しい嬉しい好きを集めてみる。

手放しのゴールのビジョン(捨て活とか断捨離とか)

 

玉ねぎの皮を1枚1枚剥いて行くように

ちょっとずつ、

捨て活をしている。

 


気持ちとしては

すごい手放しているのに

気持ち面の満足感はあるのに

部屋の景色は全く変わらない。

 


えっ!?Σ(゚д゚lll)

こんなにしてるのに、

何も絵面の変化はないのか

と衝撃を受けたのだ。

 


そして、思った。

今ある景色からの手放しをしても、

今ある思考からの手放しをしても、

大幅な変化はしないのだろう。

変化にはならないのだろう。

価値観とか、価値基準を変えないと

違う背景、景色にはならないのだろう、と。

捨てる基準ごと変えないと。

変化は見えづらい、

きっとそういうことだ。

 


いらないものを手放すとか

お気に入りを残すとか

使うもののみを残すとか

色々な基準がある。

言葉の小さな違いは

現実に具現化したものとしては

大きな違いになるのだろう。

 


おそらくわたしの気持ちは

お気に入りを残す

という視点

頭の中の完成図は

使っている必要なものしかない

という視点

なのかなと思う。

これではギャップは埋まらないなー

さて、どちらにしようかな。