なにげない毎日はきっとカラフル

わたしのままのわたしを体験する、小さな日常。楽しい嬉しい好きを集めてみる。

伊勢旅を振り返りたい

きやー!

1日が終わってしまう!!!

 

今日は思った以上に仕事が立て込んで長引いた!

今日中にブログ投稿したい!

間に合うか!?

 

 

一昨日

伊勢神宮に行って

心に何かをいただき、その余韻に浸りたいのに

日常にその余白がない感じも

すこし残念

もう少し感じたことを

言語化したいが

上手くできない。

 

佇まいに感じる静謐

その静けさは

美しくて豊か。

 

わたしが形容したいのは

その美しさのことでなくて

なんだろう。

 

神前に向き合うことで

感じた、

わたしが今ここにある

という感覚なのか。

 

 

伊勢の正宮は

扉が閉ざされ

 

その向こうに

かむづまる

エネルギーなのか

なにか感じる神秘。

 

それは厳かだけど、優しい。

 

その何か神々しいエネルギーか何か(神様)に

向き合うとき

その向き合うために存在している何か(神様)

がそこにあり

 

 

自分がどんな姿勢で

向き合っているかを

見せてくれているような

不思議なきもちになった。

 

その参拝の時だけでなく

日頃の自分に対する自分の扱いと

対象との向き合い方みたいなものまで

示されたような気がした。

 

 

こんなこと感じたの初めてで

ちょっと不思議な気持ちになっている。

 

 

 

その感覚から、

神社に鏡が置いてある意味みたいなものを

衝撃を持って

理解だか体感だか

錯覚かもしれないけど

感じたような気がした。

神とは、鏡なのか

と。

 

 

わたしは、昔

月イチで伊勢に行きたい!

と思っていたことがあり

スケジュールや金銭とか色々考えると

現実的に毎月は無理だな

って思っていたけど

 

今年、初めて3ヶ月に一回くらいのペースで

伊勢に行っている。

今年に入って2回目。

長年の夢に近い形。

 

 

過去に何度も行っているのに

はじめて

こんな感覚。

びっくりして

もっと浸りたい気持ち。

 

もっと味わうと

もう少し感じたことを

言語化できるのだろうか。

 

 

ちなみに、

正宮の正面で参拝したあと、

横にずれて、

中の鳥居、扉をしばし眺め味わうのが

わたしの定番。

 

その時目にした

静かに佇む扉が

いつも心に残って

思い出される。

 

 

 

 

今日もお読みいただき、

本当にありがとうございます。